釣り人覚え帳しゅんの味［夏］

釣り人覚え帳－しゅんの味［夏］

アユ
随分とポピュラーな釣りになった。友釣りといって、アユの防衛本能といおうかテリトリーに対する縄張り意識を巧みに利用したうまい漁法だ。
釣りといえば「魚の口に針を引っかけるのが釣り。体のどこかに引っかけるのは釣りじゃない」などと理屈をいう人もいるが、そんなケチナことはいうまい。なかなか味わいのある釣りで、人気のあるのも当然といえる。
海からのぼる天然のアユはいまは少なくなった。琵琶湖で養殖された稚魚が放流され、大きくなったころに釣る。静岡県の興津川など一部を除いて六月一日が解禁日。

◆ ウルカは珍味

アユには友釣りのほかにドブ釣りという蚊針を使った釣りもある。夕映、お染、桃ぼかしなど優雅な名前のついた毛針で深い淵などを釣る。
川で釣ったアユはスイカのようなにおいがする。香魚とはよくいったもので、香りを楽しむ魚でもあるし、年魚とも。一年で一生を終えるところから出たもので、ハゼも同様だが年魚とはいわないようだ。
アユといえば塩焼きが一般的。ただし他の魚のようにワタは抜かない。実はこの腹ワタにアユの真骨頂があるわけで、ワタのないアユなんて食えたものではない。にが味があるが、このにが味にアユのほんとうの味があるという人が多い。とくにワタを塩辛にしたものをウルカといい、食通ならよだれを垂らす珍味、ボラの子で作ったカラスミにまさる逸品なのだ。

◆ アユずしもうまい

このアユで作ったすしもまた夏の味覚にふさわしいさわやかでおいしい料理のひとつである。
まずアユの背ビレをとる。次に腹開きにして中骨をとる。頭に強く、身には薄く塩をして三十分ほど置き、水洗いしてザルへ。次に生酢に頭のほうを二十分ほど漬け、身のほうを五、六分漬けて軟らかくする。このアユにすめしをのっけて上からふきんで形をととのえるわけ。めしはよく練ることに。レモンをかけ、しょうゆで食べるといい。

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イサキ
梅雨のあとさきがしゅんであるイサキは、関西ではイサギといって濁って呼ぶ。伊左木とか伊先、伊佐幾と書いてあるのを見たが、当て字だろうか。
スズキやタカベと並ぶ夏の味覚の代表だ。
初夏から釣れ出す。房総、伊豆、紀伊半島と好漁場も多く、なにより数が釣れる。昔と違って今は冷凍アミのコマセ（寄せエサ）を使うから大漁ができるわけ。このこませに寄ってくるイサキを、サビキと呼ぶ魚皮の擬餌針で釣りあげる。やれサバ皮がいいの、ハモがいいのと、太公望たちはうるさい。
なかにはネコの皮、フグの皮のしょうゆ漬けと凝る人も多い。三味線じゃあるまいしネコの皮がいいとはちと解しかねる。

◆ 塩焼きがぴたり

このイサキ、実は塩焼きがいちばんうまいという人が多い、大きいものほど漁協での値は安いが、三十㌢ぐらいのものが一等だろう。ワタとエラを取り除き、二筋ほど切り目を入れて焼くと火がよく通る。一尾ごとつまり尾頭つきで焼くといいのだ。
もちろん刺し身でいける。とりわけしゅんのものはまるまるふとって脂ものっており、美味だ。なるべく、新鮮なうちに刺し身にしよう。日を置くと身が軟らかくなる。
刺し身にとったあとの頭や中落ちは、ためらわずうしお汁に。湯がふっとうしたところでアラ類を入れる。煮たったらアクをきれいにとり、塩で下味をつける。しょうゆはごくわずかでいい。ごく少量のお酒を加えよう。
アサツキのみじん切りか、ミツバを散らせると風味がよくなる。

◆ マコを煮つける

だが酒のさかなにしろ、ご飯のおかずにしても、マコ（黄色い卵）の煮つけはタイのそれに匹敵する。砂糖としょうゆ、お酒にミリン少々を加えて甘辛く煮つける。サッと煮るだけでいい。ほこほこしていてタイの子といってもわかるまい。料理するときに捨てたりせず、こうして食べよう。そのうまさにびっくりするはずだ。ただし白子という白いものは煮てもあまりパッとしない。湯引きして椀ダネに。

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アジ
サバと並び庶民の魚の代表格。もっとも親しまれ、なおかつおいしいが、これまた夏がしゅんの魚なのだ。ひらきにした干物しか知らない人は不幸だ。

◆ 独特な「ナメロウ」

タタキというのはアジ料理の専売特許。包丁で細かくたたいてつぶすからその名がついたのであろう。南房総の伊戸というちょっと片いなかに住む船宿の池田政雄さんという人に教わった「ナメロウ」という料理をお伝えしよう。とりわけ新鮮なアジを選んで三枚におろす。皮は指で胸のところをつまんで尾に向けて引く。ペリッと音がしてきれいにとれる。
マナ板にのっけてたたくのだが、このときに青ジソの葉と土ショウガ、それに赤みそを一緒に入れてたたく。このみそを加えるところが文字どおりミソ。みそとショウガがみごとに調和してなまぐささも消すし、うまみを出す。大きなものより小アジのほうがいいのも特徴である。
アジ釣り、とりわけ小アジはサビキという魚皮のなめしたものに針をつけた、見せかけの擬餌針である。冷凍したアミを寄せえさにして、これが海中で散乱するなかを擬餌針が踊るように操作する。大きな群れにあたると次から次へと面白いように釣れる。ただし、大アジと呼ぶ三十㌢クラスはまた別だ。

◆ アジのハンバーグ

このナメロウを焼いてハンバーグのようにしたものを「板サンガ」という。はっきりいってアジのハンバーグだ。昔は木で作ったしゃもじのようなものの上で焼いたというが、いまはフライパン。その上にサラダオイルを引いて、薄くせんべいにしたサンガを焼くだけの簡単な料理。土地の子供たちは熱いごはんの上にのっけて「いくらでも飯が食える」というそうだ。
東海道線の小田原あたりで名高いアジのすしもまたいかす料理にひとつ。新鮮なアジを背開きに。中骨を取って一晩、生酢に漬けておく。すめしを作って姿どおりにととのえてるのだが、あっさりしていてさすが名物。

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スズキ
出世魚である。三十㌢までをセイゴ、五十㌢までをフッコ、それ以上をスズキというが、これは関東。フッコをハネと呼のは関西、浜名湖あたりではマダカ。スズキになるのはまだか、となかなか面白い。

◆ 氷水で洗うあらい

川が海に流れ込む汽水域に多くいるのも特徴で、しゅんは盛夏。スズキのあらいはコチと並ぶ味覚の王者だ。薄くそぎ身にしたものをザルに入れて、氷水のなかで揺すって洗うようにする。身がチリッとはぜるようになる。
これが、いい。酢みそなどにつけて食べるとおいしい。フッコ級でも十分である。
スズキ釣りにはエビえさがいいが、食い込みが遅いから早合わせは厳禁。コチほど待たないが、ギュンと魚信が来たら心持ち竿先を送り込み、二度目の魚信で大きく合わせる。だが、スズキのエラ洗いという独特の遁走を持っているから大変だ。針がかりしてから急にフワッと軽くなる。このときは海面に向かって逆に突きあげてきているわけだから、それに即応して素早く糸をたぐり込むこと。
同時に、海面へ出てから体をひねって横転するようにジャンプしたり、海面をたたいたりする。このとき、針がはずれたり、鋭いカミソリの刃のようなエラぶたでハリスを切ってしまうのである。このスリル満点なところが、スズキ釣りのだいご味ともいえるのだ。
最近流行のルアーフィッシングでもよく釣れるのがフッコ。ラパラのシンキングタイプ”９”という型で、とくに赤と青色によくヒットする。とりわけ早朝か夕刻がいいようだ。

◆ 腹太は厚めの刺し身

冬はスズキのしゅんではないけれど、釣り人たちは「腹太」と呼んで珍重する。あらいではなく厚めに切って刺し身にするといい。脂がよくのっていて美味だ。
刺し身のほかには塩焼きも。切り身にしたものを焼く。頭や中落ちの部分はうしお汁にするといい。料理するときには、とりわけエラぶたに注意すること。 ”カミソリの刃”で切ると大変だからである。

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手長エビ
ピエロと呼ばれるようにひょうきん者である。梅雨のころによく釣れる。しとしとと小雨が降っている池や川、そして湖で静かに釣る。小型の玉ウキがスーッと横に動いたり止まったり。そっと竿をあげてやるとキュン、キュンと思わずハッとするような強い手ごたえが伝わってくる。

◆ 手軽でうまい塩ゆで

長い手でえさのミミズをはさんでいるが、水面にきた瞬間、異変を感じるのであろうか、パッと手を放してしまう。そしてゆっくりゆっくり、あたかも釣り人をからかうように静かに水底へ消えて行く。だから達者な人は玉網を持ち、水面でうまくすくい取るのだ。
手長エビは梅雨期のごく短い期間しか釣れないのだけれど、これがまた実においしいのである。
いちばん手軽なのが塩ゆでである。塩を少々入れたお湯がふっとうしたときに、サッとエビを入れる。グラッグラッと煮たったら、もうエビはまっ赤になっている。
それをサルにあげて水気を切って食べるのだが、わずらわしいはずのエビの皮がまったく口に残らないのがいい。ごく軟らかくて甘い。ビールのつまみには絶品である。

◆ 鬼がら焼きがぴたり

あまりあっさりしていてもの足りない向きには、砂糖としょうゆにお酒、ミリン少々で甘辛く煮つけにすることをすすめたい。しかしエビ本来の風味をそこなう。やはり塩ゆでに一歩譲ることになろうか。
その点、鬼がら焼きはエビのいいところをそっくり残した食べ方といえようか。鬼がらというほど大きくないものの、五、六尾をくしに刺して、しょうゆにお酒少々のタレにつけて焼く。この場合、炭火で焼くのがいちばんだが、それはぜいたくか。二、三度タレにつけて焼き鳥のようによく火が通るようにしてやる。
特別長くてでかいハサミのついた手はちぎるが、そのまままるごと食べられる。生きたまま焼くのはちと残酷めくが、食べたらそのうまさにそんなことは忘れてしまうぐらい美味だ。文字どおりしゅんの味である。

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イナダ
ワカシ、イナダ、ワラサ、ブリと呼ぶのが関東。ツバス、ハマチ、メジロ、ブリが関西である。ハマチというのは元来養殖もののことで、関東でハマチといえば「なんだ」と軽べつするが西の人はおかしいと思うだろう。外房ではイナダとワラサの中間にサンパクという呼び名をつけている。二㌔から三㌔クラスのものだ。

◆ 厚めの刺し身で

夏のブリはムギワラという虫を持っていてまずいとされており、しゅんは寒ブリといわれているように巌冬期だ。しかしその子供であるイナダはまだ脂もそう強くなく、刺し身にしてもいかす。漁師たちがナブラと呼ぶ大魚群で回遊しているから、釣れ出したらすごい。
ポン、ポンと面白いようにあがる。
関東でいうイナダは四十㌢から五十㌢のものを差すが、新鮮なものほど味がいい。早めに海水と氷でしめて持ち帰り、料理しよう。厚めの切り身にした刺し身がよく、ワサビじょうゆでもショウガでも。またニンニクをすりおろしても美味である。

◆ 塩焼きや照り焼き

頭や中落ちはうしお汁だ。塩で下味をつけ、しょうゆはムラサキという程度、ごく薄めに色をつけるくらい。もちろんみそ汁にしてもいける。頭をタテふたつ割りにしてカマの部分もつけたまま塩焼きにするのもいい。
たくさんあるときには、切り身にしてしょうゆとミリン、お酒のタレに一晩ほど漬けておいて照り焼きにする方法もある。クセのない魚なので人気があるが、それより小さい、つまり三十㌢未満のワカシ級になると、まだ脂が少なくてパサパサしている。イワシのように甘辛く煮つけるといいだろう。
最近は養殖用の幼魚モジャコが漁業規制であまり乱獲されなくなったせいか、ワカシやイナダが増えたと漁師たちは喜んでいる。出世魚といわれるように、その成長ぶりはすこぶる早く「ひと潮で五㌢大きくなる」そうだから、春さきのワカシは夏にイナダ、秋にはワラサになってくれるのである。

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クロダイ
一般にチヌという。とりわけ関西ではチヌ釣りがさかんで、血道をあげる人が多い。釣り味がいいからである。
小さい手のひら級をチンチン、それ以上、二十五㌢ぐらいまでをカイズ、大きいものをクロダイまたはクロと呼ぶのが関東。しかし九州でクロといえばグレ（メジナ）のことだからややこしい。浜名湖あたりではチンチン級をチンタとも。そして外房の勝浦あたりではカイズとクロダイの間、一㌔クラスをシノハともいっている。
夜釣りがいいのだ。非常に警戒心が強いから日中はあまり釣れない。湾内の堤防などだと夜釣りに限る。もっとも磯では潮の濁っているときには日中でも食ってくる。潮加減に左右されるから、上げ潮七分目、下げなら二分ぐらいのとき、サラシという白い泡だちのいい日を選んで釣るといいだろう。

◆ あらいを酢みそで

この魚もズバリ、あらいがおいしい。薄いそぎ身にしてザルに入れ、氷水のなかで揺するように。酢みそで食べるとおいしいし、梅酢やカラシみそでもいかす。塩焼きにしてもいい。この場合、腹ワタをとったあと腹の中を塩水でよく洗ってやることが大切。一尾そのまま焼く場合には、火がよく通るように三本ほど切り目を入れてやろう。イシダイなどと同じく磯くさい魚なので、釣ったら生きている間に血抜きをし、海水でしめて持ち帰りたいものである。

◆ 切り身のみそ漬けも

このほか切り身にしてからみそ漬けにするのもいいだろう。三枚におろした皮つきのものに、いったん下塩をする。三十分ほどたってからよく水洗いし、さらにふきんで水気をふき取ろう。一方、みそを酒とミリンでよく練り合わせる。あまり軟らかくしないこと。広い器にまずみそ床を作り、この上にガーゼを置く。ガーゼの上に切り身をのっけて、さらにガーゼ、その上からみそで埋めるようにするのだ。そのまま冷蔵庫に入れる。一日で大丈夫。みそ味のしみたのを焼いてみよう。

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ベラ
ベラを嫌う人は関東には多い。第一、ベラ釣りという釣りがない。関西ではベラの乗り合い船が出ているくらい人気があるのに、だ。
硬い小骨がすこぶる多いから食べにくいということもあるが、食習慣の違いであろうか。

◆ ベラはうまい魚

加えてウマヅラやフグと並ぶえさ盗人というイメージが強い。マダイ釣りなどの邪魔者で見事にえさを横取りする。だからよけい憎まれてしまうのだ。そのうえ、原色のような赤や青で毒々しい。まるで熱帯魚のようである。その辺にもベラが嫌われる原因があるようだ。
ベラがまずい－というのは食わず嫌いの人がいうのである。だまされたと思って一度は食べてみることをすすめたい。硬いウロコをきれいに取り去る。むろんワタは捨てよう。これをポンとぶつ切りにして赤出しのみそ汁にしてみると結構いいダシが出ておいしいのだ。
漁船の上でよく船頭が料理してみそ汁を作ってくれるが、まっ白で身はしまっており、すこぶるいかす。見た目のベラとは雲泥の差なのだ。
関西ではよくフライにするが、これは「アオベラ」と呼ぶ大きいもの。ちょっとヘラブナに似た魚型で三十㌢ぐらいのがいる。関東ではアオベラはあまり見かけないが、この魚は甘辛く煮つけてもおいしい。

◆ 素焼きをポン酢で

一方、関東でいうベラはキュウセンベラもふくめ、ピンク、赤、グリーンなどで大きさもせいぜい二十㌢どまりだ。これをウロコとワタをきれいに取り除いて、そのまま素焼きにするのである。塩その他はいっさい使わずに焼くのである。
ポン酢にしょうゆを少々加えたタレを作っておき、焼きたてのまだあつあつのベラをほぐしてこのタレにつけて食べるのだが、これはうまい。少々、骨の多いのが気になるが、これさえ我慢すれば「ウム」とうなること請け合いだ。ベラもあまり嫌わないように。

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イワナ
イワナの土用のぼりという。
海に土用波が押し寄せてくる晩夏になってくると、イワナたちは本流からどんどんのぼり出し沢筋をめざす。晩秋の産卵に備えてのぼるわけである。イワナの解禁は土地によって違うが、春の遅い東北では四月上旬になるのが常だ。幻の魚といわれ、随分と魚も少なくなったようだが、ヤマメにくらべると釣りやすい。それはえさを見つけたらガブリと一気に食いつくからで、ヤマメほど繊細ではない。ただし、人の足音、動く気配にはすこぶる敏感で、これを察知すると岩の下へ逃げ込んでしまい、えさを流しても食ってこない。

◆ 刺し身でもいける

イワナを釣るには、その渓流の「木になれ、岩になれ」といわれるように、立ち居振る舞いさえ注意すれば釣れるわけだ。
川魚はナマで食べるな、とはよくいわれることだが、ジストマ菌がいるからで、中、下流域ではとりわけ注意する必要がある。だがイワナのすむ川は水も冷たく、人里離れた奥深い土地、源流域である。だから土地の人たちは、どんどん刺し身にして食べてしまう。ショウガじょうゆにつけてみるといい。

◆ 珍味、ワタの塩焼き

川魚と思えぬくらい脂がのっている。コクのある魚だ。栃木県の奥鬼怒川にある川俣という温泉で、土地の名人である八木沢庄平さんに”珍味”を教わった。イワナのワタを塩焼きにするのである。腹のなかにはイナゴやバッタ、川虫の類がまっ黒に詰まっている。
これを水で洗い流してやり、くしに刺して塩をつけ、焼くのだ。よほどの大イワナでない限り、一尾だけのワタでは無理。何尾かのものを集めてウナギのキモ焼きのようにするのである。シコシコッとしていて実に珍味の名にふさわしい。ウナギのそれよりもさらにうまいのである。
山形県の朝日岳山ろくに住む阿部善栄さん宅では、この魚をいろりでくし焼きにするが、そのまわりを新聞紙で囲っていた。こうするとくん製のように照りとツヤのある焼き魚になった。

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コチ
ナマズと見まがうくらい醜怪な顔をしている。違うのはナマズの頭がまるいのに対して、コチは金ヅチでたたきつぶしたようにぺったんこになっている点。おまけに頭にツノのような鋭いトゲがある。

◆ 「照り込みゴチ」の味

だが食べるとおいしいのだ。コチのあらいといえば天下一品で、とりわけ夏がいい。暑いカンカン照りの日が続けば続くほどコチはよく釣れるし、味もよくなるという。これは関東の名場である内房・大貫の船頭さんに聞いた話である。いわゆる「照り込みゴチ」というもので、文字どおり盛夏がしゅんなのだ。
コチ釣りのえさはメゴチ。生きたまま口に大きな針を引っかけて泳がせる。マゴチが大きな口をあけてメゴチを呑み込むという寸法だ。なにか、とも食いという感じがする。エビを使ってもいい。
ナマズと同じでまっ白い身である。これをフグサシのような薄づくりでなく、やや厚めに切り、氷水で洗う。ワサビじょうゆでもいけるし、酢みそ、梅酢、カラシみそ、なんでもよく合う。

◆ フグも顔まけ

俗に「ヒラメ四十、コチ二十」というが、えさの食い込みが遅いために早合わせ戒めたことば。最初の魚信があってもすぐには合わせず、二十くらい数を勘定してから合わせるという意味。実際に数えている人がいたからおかしかった。
盛夏のあらいは涼味もあって見た目だけでも食欲をそそる。だが、フグと同じように薄づくりにして蒔絵皿にでも盛りつけると、これまたフグ顔まけだ。モミジおろしにアサツキ、ポン酢のタレで食べてみるといいだろう。
甘辛の煮つけにしてもおいしい。ふつうの魚と違った体型なので三枚におろす段どりにややとまどうだろうが、煮るときは一口大にポンと筒切りにすると簡単である。むろんコチは秋、冬でも釣れる。寒い季節にはチリなべなどにするといい。そうそう手軽に数が釣れる魚ではないから、釣れたら鮮度を落とさぬようその場で血抜きをして大切に持ち帰りたいものだ。

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ニジマス
多くの人がこの魚を釣った経験を持っているに違いない。川の流れの中に石を積んで囲みを作る。そこにバケツでマスを運んできて放流する。それまでえさもあまり与えられず、コンクリートのプールのなかで生きていた魚に、えさをつけた釣り針で釣らせるという、いってみれば残酷な釣りである。

◆ キツネ色に焼く

ニジマスはまるで人間に釣りあげられるために養殖されてきたともいえるが、養殖が簡単だから手軽にこうした釣りの対象魚になる。
魚屋さんに限らずスーパーあたりでも比較的安い値段で買える魚だ。日本では軽く見られがちだが、欧州では魚料理の最たるものである。
大阪で料理学校をやっている辻静雄さんは元新聞記者。料理好きがこうじて本職になられた人だが、「うまいもの辞典」という著書には「初夏に食べたマスのこんがりキツネ色に焼けた塩焼きの味は忘れられない」とある。
欧州では生きたものをそのまま油に入れて揚げたり、スープに入れるという話しだが、釣るよりもこっちの方が残酷かも。とにかく七月のマスはうまいというのが定評だ。

◆ 身がしまった落ちマス

釣り人は、この管理釣り場からうまく脱出に成功したマスを釣るのに興味を持つ。人間に釣られなかったマスは、落ちマスといって川の本流に入り野生化する。その引き味はよく、身がしまっていて食味もいいのだ。一週間いると半野生化するという説もあるが、速い流れのなかで体もスリムになり、自分でえさを取る技もおぼえるのであろうか。一方、抜け出せずそのまま同じ釣り場にいるのを、残りマスとも。
白いワインをうまく使ったフランス料理では、ニンジンやセロリ、玉ネギなどのスープでマスを煮る。オー・ブルーというが、このマスのことをトリュイトと呼ぶ。
ただし、シューベルトの名曲「鱒」に出てくるのは、ブラウントラウトというマス科の魚でニジマスではない。ヒメマス、ビワマス、サクラマスと種類の多い魚だ。

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マダコ
タコが飛ぶ－という話をご存じか。実際に空を飛ぶのは紙で作ったタコだが、海にいるタコも、実は海中をすごいスピードで、文字通り飛んで行くというのだ。
外房の太東というところはタコがよく獲れるので有名。漁師に聞いたところでは、潜水夫が海底にいると頭上を集団でタコが猛スピードで飛んでいったということだった。三陸沖から西下してくるそうだが、途中、アナゴなどの好物が多い海域でストップし、そこで暮らすとか。タコガメと呼ぶタコツボをこうした海域に入れて大量に獲る。

◆ 面白いタコ釣り

だがこのタコを釣りあげるのもまた楽しいものだ。江戸前ではイシガニやワタリガニをでかいタコテンヤにしばりつけ、タコが抱きついたところをたぐりあげるやり方である。しかし西で有名なタコの本場、明石では赤や白のビニール布をくっつけて、えさに見せかけて釣りあげる。そういえば東京湾で、子供のオモチャそっくりのビニール製のカニや、自動車のチューブをカニの形に切って白ペンキを塗ったもので、実際にタコを釣っているのを見た。ヒョウキンものにふさわしい、ひょうきんさといえようか。

◆ ゆで方のコツ

タコはゆでて食べる。問題はゆで方。タコのヌルヌルをまずとる。それには、胴を裏返すようにしてスミ袋を捨て、たっぷり塩をふりかけ、両手でもみしだく。いったん水洗いしてさらにもう一、二度やるとぬめりがとれる。一方大なべにたっぷりと湯をわかし、ふっとうしたところで、足の先からチョン、チョン漬け込んでやる。湯がもう一度ふっとうして約二十分でゆであげる。すしダネのようにスライスせずにブツ切りのほうが、タコを食べた感じがする。タコはなまでも食べられる。吸盤をマナ板に吸いつかせてタコの足にタテに包丁を入れ、クルリと皮をむいてしまうのだ。皮をとったあとの白身を薄くスライスしてワサビじょうゆで食べてみよう。ただし、この料理法はむずかしく、新鮮なものでなくてはダメなのである。

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ヒラマサ
”弾丸野郎”という。すごい勢いで突っ走るからだ。ブリと違って、夏おいしい魚である。アジ科の魚で、シマアジ、カンパチ、ヒラマサ、ブリはみんな同じ仲間なのだ。とくにヒラマサとブリの弟分にあたるワラサ（メジロ）とはよく似ている。

◆ 刺し身にびっくり

二十年前、愉快な体験をした。九人乗ったタイ釣り船で、ワラサのナブラにぶつかったのだ。中層でグイ、グイと強烈な魚信を送ってくる。全員が二、三本ずつ釣りあげるという大漁節だった。みんな五㌔級のブリ寸前という大物。型がそろっていたので、船のイケスに生かしたものを、釣り客がてんでに持ち帰った。このとき、船頭さんが「これが、あんたの獲物」だと二本の魚を手渡してくれた。
別に目じるしをつけてあったわけじゃないし三十尾もいるなかから、見わけられるものではない。
実は、この二匹だけがワラサではなく、ヒラマサであった。釣り人はだれひとり気づかなかったのである。いわれて納得した。将軍の肩章のように金筋が鮮やかに走っており、幅も広いが全体にワラサのようにふとっておらず魚体が薄いのだ。この刺し身のうまさにはびっくりした。ほどよい脂がのっており、身はしまっていて実にいい味。まったくクセがないのだ。
以来、ヒラマサにとりつかれた。しかし冬のそれは、やはり味が劣るように感じられた。
関西ではヒラスと呼んでいる。従来、あまり釣りの対象にはならなかったようだ。それが最近では「ヒラマサ竿」まで登場するようになって一躍、脚光を浴びている。

◆ 魚すきのタネに

頭はカマつきのまま。タテふたつ割りにして、タレをつけて焼く照り焼きから塩焼き、そしてうしお汁となんでもいける。大阪ではこの切り身を使って魚すきにする。沖すきともいう、いわば魚のすき焼きだが、寄せなべふうのものである。ふだん魚屋さんではあまり見かけることのできない高級魚だし、抜群の引き味だから、ひとつ挑戦してみてはいかが。

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アナゴ
天ぷら、すしダネで有名なアナゴ。穴子と書くが、ウナギ同様に長いからヘビを連想するのか、嫌う人も多い。

◆ 夕涼みに最適

この魚もまた夏がしゅん。アナゴの夜釣りは東京湾の夏の風物詩でもあった。江戸前で小さな舟で夕風の中を釣るのは、たしかに風情もあったろう。いまでもこの夜釣りは人気上々で、毎夕刻、川筋から河岸払いする乗り合い船は、週末ともなると満員の盛況である。
京葉や京浜のコンビナートが吐き出す赤い炎を見ながら糸を垂れる。短くて太い竿なのにアナゴがかかるとゴツ、ゴツとまことに武骨な魚信が伝わってくる。
昔は大阪の大和川じりでもよく釣れたものだが、いまはアナゴ専門に出船するのはほとんどなくなったそうだ。それでも大阪湾ではぼつぼつ釣れているようである。
釣りやすい魚でもある。以前はつり鐘式のおもりの上に発光の豆電球をつけてアナゴを釣っていた。集魚灯の役目を果たしたのであろう。いまは科学の進歩で化学発光剤ができたから安い値段で手に入る。使い捨て式でホタルのように青く光るものだ。
暗い海から銀色のひょろ長いアナゴが躍り出てくる。クネクネと気味悪いが、それをそばに控えた船頭さんが次々と手際よくさばいてくれるのがうれしい。持ち帰ってもすぐに食べれるようにしてくれるのだ。それがまた、人気のマトになっているのだろう。

◆ かば焼きや天ぷら

納涼気分で缶ビールなどをやりながらのんびり釣るのは、都会の屋上のビアホールよりもグンと涼味があるし、魚も釣れて一石二鳥なのだ。開いたものをそのまま塩を軽くしてから焼いても、さっぱりしていておいしい。
ウナギ用のタレをつけて焼くかば焼きもこれまたうまい。アナゴどんぶりにするとウナギほどしつこくないといって好む人もいる。
天ぷらはやや濃いめの色がつくように揚げるとよく、コンブとカツオ節でとったタレをつけて食べるといいだろう。

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ナマズ
最近はアメリカナマズという養殖ナマズが多く、川魚料理屋ではいわゆる本物の日本ナマズを扱う店が少なくなった。実際、ナマズが激減していることはたしかで、農薬を使っているせいか、ナマズの食べるえさが少なくなったのではあるまいか。

◆ 白身をあらいに

関東とくに埼玉方面では昔からナマズの「ポカン釣り」というのがあった。小さなカエルを取ってきて、これを生きたまま針に刺し、水面をたたいたり、泳がせたりしてナマズを釣りあげるのだ。夏の夕暮れにこうしたポカン釣りをする人がたくさんいたのだが、近ごろはとんと見かけなくなった。とはいえ埼玉や栃木では川でよくナマズが釣れる。ミミズやザリガニをつけて釣るのである。
「ナマズなんて気色悪くてとても食べられない」という人が多いけれど、この白身の魚は見かけとはまったくあべこべにうまいのである。生きたままのそれを、ちょうどウナギのように目打ちをして料理する。包丁を斜めにして身をすくい取るように薄づくりにするのである。これを氷を入れた冷水に入れてよく洗う。いわゆる「あらい」の要領である。

◆ フグかコチの味

洗ったらザルにあげ、水気を切ったものを酢みそまたは梅酢で食べてみよう。シコシコとして舌ざわりもよく味もいい。ちょうどコチとフグの刺し身の中間といった感じである。盛夏に食べるナマズのあらいは、季節感もあって、涼味満点なのである。
なまのままでは、とためらう向きには天ぷらかから揚げをすすめたい。
また開いたものをタレをつけてかば焼きにするのもいいだろう。川魚店では夏バテ防止のスタミナ料理とＰＲするぐらいで、ウナギよりもぐっと上と評価する人も多い。いずれにせよ淡白でくせのないのがよく、食べないでうんぬんするのは食わず嫌いのそしりを免れないだろう。コイ釣りなどでよくかかるが、その場合、ものは試しである。一度、料理して食べるといいのではあるまいか。

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イシダイ
釣り人なら一度は釣ってみたいと思うだろう。川のイワナと同じように、幻の魚といわれているが、先日、南房総の波左間というところの定置網に手のひら級の子供、シマダイが無数に入ったのを見て安心した。
漁師たちはいちいち手でつかみ海へかえしてやっていたけれど、このシマダイたちがどんどん成長してくれることを祈りたい。白い縞が七本入っているシマダイが、大きくなるとイシダイになるのだ。剛竿を大きくしならせるその引きは強烈無比、この魚に血道をあげる磯釣り師が多いのも合点できる。

◆ うまい皮の湯引き

たしかに磯くさい魚である。身はコリコリと硬い。だから釣ったその日よりも一、二日たってから食べたほうがおいしいのだ。現場でエラやワタを抜いて持ち帰るほうが賢明である。雑食性なのでいろいろなものを食べている。しゅんは夏である。
この皮の湯引きしたものは、いける。ウロコをていねいに取り、三枚におろしたあとの皮にふきんをのっける。その上からふっとうしたお湯をサッとかける。じかにやる人もいるが、それはそれで構わない。
氷をたっぷり入れた水を器に用意しておいて、湯引きしたものをこれにすぐ入れてやること。細かくきざんでキュウリなどと一緒に二杯酢か三杯酢をかけて食べてみよう。ワサビじょうゆもいいが、このイシダイの皮はなかなかの珍味であり、夏にふさわしい料理といえようか。

◆ みそ漬けにも

同じ仲間にイシガキダイがいる。これまた引き味のいい魚だが、水温の高い所を好むから、主として離島の磯に多い。イシガイダイが大きくなるとクチジロというが、イシダイと同じように成長につれて石垣模様がぼやけてくる。イシガキダイに対してイシダイは「本イシ」と呼ばれている。あまり大きくない一、二㌔級がおいしく、みそ漬けにしたりフライにしたりして食べる。だが小さいシマダイは海へかえしてやることだ。

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