釣り人覚え帳しゅんの味［秋］

釣り人覚え帳－しゅんの味［秋］

ハナダイ
だれがつけたのか、いい名前だ。花ダイ、華ダイ、はなやかでつやっぽい。ほんとうにきれいな緋色をしている。ただ、ハナダイとはハナッコというのは関東だけのようだ。チダイという学名で呼ぶ土地が多い。
見かけはまったくマダイとそっくりである。マダイほど大きくならず、せいぜい四十㌢ぐらい。小ダイが多い。その見分け方はマダイよりも派手なサクラ色で、尾の縁が真紅になっている。マダイは焼け焦げたように黒くなっているから一目瞭然だ。また、エラぶたに一筋、血のにじんだような色が出ているからよく見てみよう。大きくなってくるとオデコが張るものも多い。漁師たちは「デコ」とか「デコさん」と呼んでいるようだ。

◆ 刺し身はその日に

このハナダイ、マダイよりも身が軟らかいから、釣ったその日に刺し身にしよう。マダイは一、二日おいたほうがいいが、ハナダイは早めが勝負だ。塩焼きにするのが一般的だが、小さいものは長ネギと一緒に煮つけるといい。砂糖にしょうゆ、お酒、水少々で甘辛く煮つける。魚が煮えたらネギの白いところを入れて煮る。なかなかおいしい食べ方である。
外房の銚子沖は有名なハナダイの好漁場で、地元で獲れるサルエビやスムシという小エビの生きたものをえさにして釣る。この方面の外川や飯岡あたりからタイ釣りに出ると、船の上で釣りたてのハナダイを料理し、大なべでみそ汁を作ってくれる。これをフウ、フウいいながら食べるのは絶品。最近はこうした船も少なくなってきた。

◆ 小ダイの酢じめ

この外川の船頭さんに聞いた小ダイの料理法をもうひとつ。ウロコとワタをていねいにとって三枚におろす。これをダシコンブを敷いた皿に酢と砂糖を少々入れて漬けるわけだ。いわゆる「酢じめ」で、三十分も漬けておくといいだろう。漬ける前に薄塩をして二十分ほどおき、よく水洗いして水気を取ること。しめサバの要領だが、サバほど長く漬けない。二杯酢か三杯酢にするかはお好みで。

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シマアジ
なんといっても王者中の王者である。うまい。文句なしである。値も高い。めったに食べられない高級魚である。当然、釣り方もまた難しい。いちばん手のかかる厄介な魚である。

◆ 血道あげる釣り人

おいしいのは小さいものだ。一㌔から三㌔ぐらいまでのものがいい。五、六㌔から十㌔にもなる大物がいるが、大味になる。伊豆諸島ではこの大物を「オオカミ」と呼ぶ。釣り味は豪快きわまりない。
この魚、潮が澄むと寄せえさは食っても針についたえさは見向きもせぬ。そこでハリスを細くするとガッとくるが、まさしく鎧袖一触という感じ、一発でプッツリと切られてしまう。
そこで釣り人はアタマにきてハリスを太くする。たちまちそっぽを向く。それほど目がいい魚なのである。「シマアジはりこうもんだ。なにしろ大学院出だ」といった船頭がいたけれど、それだけにシマアジ釣りに血道をあげる釣り人が多いのであろう。
磯釣りでは細くて長い竿を用いるから、よくしなって釣りやすい。しかし唇が極端に弱くて、ハリスが切れなくても唇が切れてバラすケースも多い。だから船釣りではドラグのよく利くリールを使って、相手の引きに対応して糸をやりとりしながら釣る。だましだまし釣りあげるわけで、かなり根気と粘りがいる。体型がへん平なので引く力に強い。おまけにこの魚は割合浅い所にいるから、水圧で弱らせることもやりにくい。始末に悪いが、食べると、うまい。

◆ 刺し身の味は抜群

断然、刺し身である。コリッとしていて比類のない歯ごたえ、舌ざわりである。皮を引くときは、指先で切り口から尾に向けて引っぱると、ピリッと音がして取れる。この皮を引いたあとの肌つやがまた、いい。アジと同じくピカッと光っている。
刺し身は厚めがいい。ショウガじょうゆのほうが合うようだが、むろんワサビでも。薄くつくってすしダネにするのもいいのでは。頭や中落ちは塩焼きもいいし、うしお汁にするとクセのない脂が浮いて最高においしい。

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ハゼ
ダボハゼ、突堤のハゼなどと軽んじられるほどの釣りやすい魚だ。海へ流れ込んでいる河口付近ではどこでも釣れる。だいたい夏によく釣れるが、いわゆるデキハゼといって小さいものが多い。これが秋になると大きくなってケタハゼと呼ばれる二十㌢級に育ってくる。そして本格的なオチハゼとなってくると、腹に卵を持つからいよいよおいしくなるわけ。

◆ 天ぷら船も一興

東京湾のハゼ釣りは昔から有名で、俗に「江戸前の天ぷら船」という。海風に吹かれながらハゼ釣りを楽しみ、船の上で揚げた天ぷらでビールを飲んだり、ご飯を食べたり。
日中は暑いが、夕風がたちはじめると涼しいから、夕方に船を出す人も多い。もっとも夏のハゼは小さくてちょっと天ぷらはむり。そこはよくしたもので船宿では大ハゼやキス、イカなどのタネを用意して揚げてくれる。
大きくなってきたハゼは十分、刺し身でいける。氷でしめずに魚がまだ硬直していない生きのいいものを、ウロコをとらずに首に包丁を入れる。三枚におろす要領で尾のつけ根まで包丁を入れ、尾は残して中骨を取り、松葉の形にする。

◆ 刺し身はあらいで

出刃包丁の背で皮を下にしてマナ板に置き、尾の部分から胸に向かってキュッ、キュッとこそぐようにするときれいに皮が取れる。できあがりはちょうど薄づくりになるが、これをサッと氷水で洗って盛りつけ、ショウガかワサビじょうゆで食べてみよう。身は透き通ってコリッとしており、なかなか美味だ。これは釣りたてのまだピチピチ跳ねるようなものほどいい。時間をおくと身が白濁する。なるたけ長く生かしておいて持ち帰ることだ。小さいハゼは塩をたっぷりふりかけてぬめりをとること。から揚げにしてから南蛮漬けにするのもいいだろう。
また冬のハゼの黄色い卵に軽く塩をして三十分ほどおき、洗って水気を切ってからお酒に化学調味料で漬けて冷蔵庫に。二日ほどで大丈夫。塩辛ふうカラスミができあがる。

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カツオ
目に青葉－の句で有名なカツオ。季語としては五月、初夏ということになろうか。その昔、江戸っ子は質屋通いをしても、この初ガツオを食べたという。初物好きにふさわしいエピソードといえるが、漁師たちにいわせれば「カツオがほんとうにおいしいのは秋のクダリガツオだ」と口をそろえる。

◆ しゅんは秋か

「脂がたっぷりのっていて最高にうまい」カツオは、実は春に黒潮に乗って北上して行ったのが、秋にまるまるとふとり大きくなって三陸沖からＵターンしてくるもので、これをクダリガツオと呼ぶのである。たしかにマグロも顔まけするほどのいい脂ののりである。初ガツオもうまいのは確かだが、ひとつの季節を象徴するしゅんの味といえようか。
九月にもなれば関東の相模灘はカツオ釣りの船でにぎわう。本来は豪快な一本釣り、つまり”土佐の一本釣り”が面白いのだが、ふつうはフカセ釣りといって、生きたカタクチイワシを針につけて泳がせて食わせる釣りが一般受けしている。シイラやメジマグロがまじってなかなか豪快な釣りである。

◆ タタキとお茶漬け

土佐づくりともタタキともいうが、厳密にいうとちょっと違う。ただ、火で焼いてつくりにする基本型は同じだ。頭を落としたカツオは五枚におろす。三枚におろしたものの身をさらにふたつに割る勘定。血あいと中落ちをとって皮のまま金ぐしを打って強火で焼く。とくに皮のほうを強く焼き、身はサッと弱め。
焼きあがったらすぐに氷水に入れて熱をとり、水気をふき取って冷蔵庫へ。このまま刺し身づくりにして食べてもいい。だが、これにショウガのおろしたもの、アサツキ、レモン、ニンニクなどを用意し、サクどりにしたカツオの上にのっけて軽く包丁でたたくのが「タタキ」。三杯酢を上からかけて食べるが、これがいちばんカツオのポピュラーな食べ方だ。
また、カツオの刺し身をしょうゆ、お酒のタレに漬けて、熱いご飯の上にのっけて上からさらに熱いほうじ茶をかけるカツオ茶漬けもうまい。

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カマス
カマスといえば塩焼きか干物が相場と思っている人が多いが、刺し身でいけると聞いたらびっくりするだろう。

◆ めずらしい刺し身

もちろん釣りたての新鮮なものでないといけない。もともとカマスは身が軟らかいもので、それだけに珍味といえようか。三枚におろして皮を取り、斜めに包丁を入れてそぎ身にする。これをおろしショウガにしょうゆで食べるのだ。みんな「これが、あのカマス？」と目をむく。
カマスを釣るのは朝一番が勝負。日が昇るとあまり釣れない。おまけにエサがいらないのも面白い。どこでもかしこでも釣れる魚ではなく、南房総や伊豆など水温の高いところがいいようだ。
針を結んだチモトの部分と針の軸に、自転車の空気注入口に使うアメ色のムシゴムを三㌢ほどかぶせる。海中でこれを躍らせると面白いようにガツガツ食ってくる。
歯が鋭い魚なのでハリスがよく切れる。それを防ぐためにゴム管を入れたものだと思っていたが、漁師にいわせると「そうじゃないよ。あの茶色いものがうまいえさに見える」のだそうな。もっともアジ釣り用のサバ皮やフグ皮のサビキ仕掛けにもかかってくる。
大群で回遊しているから、釣れだしたら入れ食いになるのも楽しい。五本針に五尾なんてザラである。が、釣れる時間も短く、釣期も九月ごろのほんの一時期なのがくやしい。

◆ 手軽でうまいフライ

カマスのフライもまた美味である。三枚におろしたものを皮つきのままフライにする。塩、コショウをして下味をつけ、卵、小麦粉をつけ、パン粉で揚げるのである。
やわらかい身がみごとにしまって、白身で結構脂ものっており、うまい。くせがなく、あまり脂も強くないからいくらでも食べられるのだ。魚屋さんの店頭にあったら新鮮そうなものなら一度フライにしてみるといい。
もっとも塩焼きもいいし、背開きにしてから塩水に漬けておき、干物を作ってみるのもまた一興だろう。

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シイラ
頭の格好がカンダイかアマダイみたいにへん平でギラリと光った魚体。釣れて海面でパシャッと跳ねたときなど、虹が立つようだ。釣れた瞬間は体にも虹色が走っている。とにかくでかい魚だ。一㍍ぐらいのはざらにいる。
中国の武器である青竜刀のようでもある。九州ではこのシイラをマンリキともクマビキとも。おそらくその引き味の力強さからマンリキ（万力）と名づけたのであろう。

◆ 多い不当表示

カツオやメジマグロ釣りのときによく釣れる魚で、しゅんは秋。東京の魚屋さんの店頭でこのシイラの切り身を「ワラサ」（ブリの弟分）という表示で売っていた。この表示を使う店は多い。一見して肌に黒くこまかい斑点がつき、やや黄色っぽいから見わけられる。
シイラの名前は一般的じゃないから、という釈明であったが、これは不当表示だ。はっきりいって値段も安いのである。むろん釣りたてのは新鮮だから、刺し身にしてもいけるが、身が軟らかいので海水と氷でよくしめて持ち帰ろう。
アメリカなどでは白身なのでフライやムニエルにして食べるそうだが、切り身にしてフライにするか、あるいはバタ焼きにするのがいちばんいい食べ方かもしれない。三枚におろして切り身にし、軽く塩、コショウをする。

◆ バタ焼きがいい

フライパンにバターを入れ、シイラを入れて弱火でゆっくりと焼きあげるわけ。焦げ目がつくように、十分に火を通すこと。
フライもまたおいしい食べ方である。三枚におろしてから切り身にし、塩、コショウの下味をつけて、小麦粉、パン粉で揚げるわけだ。刺し身であまりたくさん食べると食あたりするという説もあるが、これはおそらく魚の保存法が悪かったのではないかと思われる。
メジマグロの食わせ釣りなどで、これがかかると、テトロン糸で指を切るおそれが強い。このため手釣りでやるときには、かならず厚めのゴムサックを指にはめることが大切で、釣ったらすぐに氷でしめてやろう。

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カンパチ
すし屋に「勘八」という店がある。多分、魚のカンパチに由来するものであろう。間八と書くこともある。泳いでいるカンパチの頭を上からよく見てみると、目の上から頭上にかけて黒い筋でハチ巻きをしているように見えるのである。いなせなすし屋のにいさんが、細い豆しぼりをキュッと巻いた格好に見えるのがおかしい。眉間にハチ巻きをしているから、間八になったのではあるまいか。

◆ 一、二㌔級がうまい

高級魚である。シマアジに次ぐ上等なもので、ブリのように大きくなる。伊豆七島では十㌔級のそれをアカブリと呼ぶ。体色は黄褐色で金色に光っている。だが、食べておいしいのは一㌔から二㌔クラスだ。従兄にあたるシマアジはすこぶる利口なのに、こっちは好奇心が強いのか。とにかく集団で回遊していて、一尾が釣り針にかかるとみんながその場所でストップする。なにかうまいえさがあると思うのか。一尾釣れたら海中で泳がせておき、次の一尾を針がかりさせてから取り込むようにすると、いつまでもカンパチを足止めできるというわけだ。「百尾いたら百尾釣れるよ」といった漁師もいた。

◆ カマつきで焼く

おまけに関東では「カッタクリ」という魚皮のついた擬餌針をスイ、スイッとたぐるだけで食いついてくるから愉快だ。最新流行のルアーフィッシングの” 古典”である。このカンパチはやはり刺し身にして食べるのが第一等である。厚めの切り身にするほうがいい。すしにするなら薄めに。秋がしゅんで、この季節には近海の浅場に群れで回遊してくるからチャンスを逃がさずに。
頭はカマつきのまま、たてふたつ割りにして塩焼きにする。また塩味仕立てのうしお汁もおいしい。アサツキかミツバを入れよう。南房総で「ショゴ」と呼ぶ小型は初子の意味であろうか。
小さいものは一尾そのまま塩焼きにすると豪華な感じがする。みそ汁に作ってもおいしく、白身ですこぶる上品な味である。しかしシマアジと同じで煮魚にするのはもったいない。

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サバ
「秋サバ、嫁に食わすな」とは昔のことわざ。とにかくこの季節のサバはまるまるとふとっていて、文字どおり、しゅんの味の代表格である。
とはいえ「サバの生きぐされ」というように、イワシなどと同じくさりやすいのである。従って、まだ生きているうちに海水と氷のなかでしめることだ。これを怠って放置したものを食べて、ジンマシンが出たり、腹痛を起したりする人もいる。サバがいけないのではなく、人間が悪いのだ。魚の正しい処理法を忘れてしまったからなのである。とにかく新しければ新しいほどおいしいのがサバ。

◆ しめサバのコツ

三枚におろしてから強く塩をして、一晩冷蔵庫に保存しておく。翌日、この塩をきれいに洗い流して水気をよく切る。次にヤマダシコンブを多めに敷いた器にこのサバをのせて上から生酢をたっぷりかけ、ごく少量の塩、化学調味料を入れる。身の部分が白っぽくなってくるが、一時間ほどおいてから取り出す。指で皮を引っぱるとツルリときれいにとれるから、刺し身のように切って食べるといいわけ。関東ではこれをしめサバと呼ぶが、大阪ではキズシといっている。紅ショウガを添えるといい。

◆ コブじめとおろし煮

生酢に漬けたものの皮を引いてから、コンブにはさんで軽くおもしをのっけて冷蔵庫に一晩ほど入れておくコブじめもいいが、しめサバにするときにコンブを使えば、手間もはぶけて早く食べられよう。切り口の身が少々赤くても、新しいものなら大丈夫。そのほうがおいしいという人も多い。むろん獲りたてのそれは刺し身でいける。また大きいものは三枚におろして食べやすい大きさに切り、薄塩をしてカタクリ粉をまぶし、油で揚げる。
一方、砂糖にしょうゆ、水、お酒少々に水気を切ったダイコンおろしを煮たて、揚げたてのサバをジュッと音がするようにこのなかに漬けたおろし煮は、生ぐささを嫌う人でも食べやすいから喜ばれるだろう。またみそ煮にしても、塩焼きにしてもいける魚だ。

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イイダコ
「釣りバカ日誌」の人気マンガ家北見けんいちさんが苦笑していた。
「イイダコを釣ったもんで煮つけにしてみたら、煮汁がまっ黒になってしまって」
タコもイカもスミ袋を取らなくては煮汁が墨汁になってしまう。それを忘れて、そのまままるごと煮てしまったのだ。

◆ ラッキョウがえさ

秋口になるとこのイイダコが関東でも関西でも主として内湾で釣れ出す。比較的浅い水深五㍍前後だから釣りやすい。ひょうきん者で釣れた格好が実にユーモラスだ。釣り針にひっかかってタコ踊りをやる。マダコと同じく白い物に興味を示す。だから東京湾では塩漬けにしたラッキョウをえさにする。ラッキョウをタテふたつ割りにしたものをタコテンヤ（羽子板と呼ぶ）にしばりつけ、イイダコがラッキョウに抱きつくと、二本の鋭いテンヤ針で引っかける。
秋口のイイダコにはまだイイ（飯）は入っていない。もっと寒くなると米粒のような卵がびっしりと詰まってさらにおいしくなる。とはいえこの季節のイイダコも美味で、結構いかすのだ。おでんダネにもいいし、手軽にゆでたものをワサビじょうゆで食べるのもいい。

◆ もみ洗いを丹念に

それには、まずスミ袋を取ることから始めなければならない。脚のつけ根に指を入れて頭（胴）をクルリと反転させると小さなスミ袋があるのだ。これをつぶさないように指先でつまんで取り除く。次になべかボウルにタコを入れ、たっぷりと塩をかける。これを洗濯するように手でゴシゴシもみしだく。小さな泡と一緒にタコについているヌメリがどっと出る。水洗いしてさらにもう一度塩をかけて丹念にもみ洗いするといい。
なべにしょうゆと砂糖、水、お酒ごく少々を入れて沸きたたせ、そこへ水気をよく切ったイイダコを入れ、おとしぶたをして煮あげる。あまり長時間煮ると身が硬くなるので、タコに赤みがさしてきた程度で火を止めるのがコツ。スミ袋取りと塩もみだけは忘れずに。

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ウマヅラハギ
ウマヅラ（馬面）とはよくいったもの。名前のとおり顔が長い。カワハギと同族だが、双方を区別するためにそう呼んだのだろう。
関西では両方とも「ハゲ」と総称しているが、カワハギを「マルハゲ」ということもある。ウマの長いのに対し、本カワハギは形がまるいからであろうか。味はカワハギには劣る。だが、工夫すればおいしい食べ方はあるのだ。
海沿いの土産物店や乾物屋で売っているカワハギの干物は全部ウマヅラと思っていい。ほんもののカワハギならその値段では売れない。高価だからである。

◆ 皮をはいでから

カワハギのキモは絶品だが、ウマヅラのそれは臭みが強い。冬はチリなべにしてもいいが、夏はいただけない。釣れたときには背中のツノのところからザックリ包丁を入れる。三分の二ほどにどどめ、頭を持って下へ折りまげるようにして引っぱるとワタがぞろりとついて出る。次に切り口から皮を指先でつまんで尾へ向けて引っぱるようにすると、きれいに皮がむける。サンドペーパーのような皮の表面で、折れ口をなでるように下から上へ向けてこすると、そこについた血あいがきれいに取れる。持ち帰るときにはこうしてやると臭みがまわらない。そのまま甘辛く煮つけるといいし、みそ汁の中に入れてもおいしい。骨が少なくて身がぽろりと取れるから子供でも食べやすい。

◆ 食べやすいフライ

だが「これは？」とびっくりするのがフライだろう。三枚におろしてから、ごく少々残っている小骨を取って、食べやすいようにさらにふたつに切る。塩とコショウを薄めにつけて卵と小麦粉、それにパン粉で揚げるのだが、白身で非常に食べやすくおいしい。
このほか酒とミリンにしょうゆのタレを作り、この中へ一晩漬けておいて翌日、天日に乾かすミリン干し、また塩水に漬けたそれを干す一夜干しなどは、軽く火にあぶるだけで美味。ウマヅラのうまさを再発見できよう。

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キントキ
チカメキントキとは面白い名前だ。チカメというから近視なのであろうか。魚の近視なんてあまり聞かない。おかしな名だが、その目はまるくて大きく、ギラギラと金色に光り輝いている。光線があたるといったいどこを見つめているのか、とにかく虚空をにらんでいる感じでつかみどころがない。目玉だけを見ているとキンメダイそっくりである。
キンメは本キンメといい、三百㍍ぐらいの深場にいるが、キントキは八十㍍ぐらいの海の中層、五十㍍ぐらいにすむ。

◆ マダイの刺し身そっくり

この魚のことを外房では「カゲギョ」と呼ぶ。景清などと書けば鎌倉時代の武士の名前そっくりで、これまた面白い。なぜそう呼ぶかははっきりしない。とにかく引き味も強いから釣っていて楽しい。こまかいウロコがついている。赤い魚で、この皮を引いて刺し身にするとおいしい。皮を引いたらすぐ下の部分が赤くて、見た目にはマダイの刺し身そっくりである。いつだったか、伊豆の船宿でこれが出た。「マダイの刺し身だ」と喜んで食べている人がおり、だれひとり信じて疑わなかったからやはりうまい魚である。

◆ うしお汁や煮魚も

ただ、グイと口を結んだアゴのところが蝶番のようになっていて複雑だ。そのせいか釣り針を呑み込まれたら、なかなかうまくはずせない。塩漬けにしたカタクチイワシなどをえさにするとよく食いついてくる。刺し身にとった頭や中落ちなどは、うしお汁にするとこれまたいける。このほか、砂糖にしょうゆ、お酒で甘辛く煮つけてもおいしいのだ。
よくキンメダイと比較されて「なんだ、キントキか」と軽べつする向きもあるようだが、それはほんとうの味をしらないからだろう。
本キンメの身はやや軟らかいが、キントキはよくしまっている。もっとも本キンメのしゅんは冬で、この季節のものは脂がよくのっているから、その意味では納得できる。背開きにして塩をふり、天日に干した生干しを焼いて食べてもうまい魚だ。

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ホウボウ
昭和三年刊、上田尚著の「釣魚大全」を読んでいて、面白い文章にぶつかった。
アユの茶漬け会をやったところ、ほうじ茶がいいの玉露がいいのと議論百出して果てしがなく、こんどは宇治でやってみましょうというオチがついて終わっていた。

◆ お茶漬けはいかが

それが十年前というから、六十年も前から茶漬け論議があったわけだ。越前三国のボラ茶や大阪のタイ茶は有名だし、マグロやカツオを使ったマグ茶もやる人が多い。しかしホウボウの茶漬けもなかなかいかす。
外房の漁師は「刺すはゴンズイ、鳴くはホウボウ」といったが、イシモチ同様、釣りあげられたら羽根のような胸ビレを広げて、船上をはいずりまわりながら、グウグウと鳴く。ふと哀れを催すが、なかなかの高級魚である。刺し身、塩焼きいずれでもよく、白身で上品な味である。ホウボウ釣りという専門のものは珍しいが、タイ釣りなどの仕掛けによくかかる。むろんなべもいい。
これを薄いそぎ身にして、しょうゆにお酒、ミリンを少々加え、棒ワサビをたっぷりきかせた中に二十分ほど漬け込む。指先でつまむようにしてよく味をなじませてやるのだ。

◆ ほうじ茶がいちばん

あつあつのご飯にこれをのっけてタレもかけ、新たにワサビとミツバを加え、上からこれまた熱いほうじ茶をかけてふたをする。二、三分たってから食べると、これが実にうまい。いわゆるタイ茶漬けと同じなのだが、お茶はやっぱり上等のほうじ茶に限る。
大阪でいうタイ茶は、塩焼きにしたタイの身をほぐしてご飯の上にのっけてお茶をかける。これは魚の生臭さを嫌うのと、残った魚をうまく食べることの二つが理由で、はなはだ合理的だ。もっともワサビじょうゆのタレに漬けておけば、生臭さは消えるし、熱いお茶がさらに効果を発揮する。
宇治でも試みはついになされずに終わったようだが、お茶漬けのお茶論議はきわめて面白く、かつ興味深かった。

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ヤガラ
ヤガラをご存じだろうか。ダツに似た口の長い魚である。サヨリのお化けと思ってもいい。とにかく細長いのだ。くちばしがとがっている。ちょっと気味が悪いから、いやがる向きも多いだろう。これが秋になるとよく釣れるのである。

◆ うまいアカヤガラ

アカヤガラとアオヤガラがいる。アカのほうが断然うまい。ただ釣れるところは限られている。水が温かいところに多い。関東では伊豆や南房総で、秋のタイ釣りやカンパチ釣りの外道によくかかってくる。南西諸島の屋久島では港の防波堤から、おとなにまじっておばあさんや子供たちまでが竿を出しているのを見た。ここで釣れているのは全部アオヤガラであった。
ものの本には「矢柄」と書いてあった。柄というのは長いし、弓矢の矢にひっかけたのかもしれない。南房総の洲ノ崎の沖でカンパチを釣っていたら、ヤガラのでかいものがかかった。「こんな魚、食えたものじゃないだろう」と、最初に釣ったとき漁師にいったら、「とんでもない、うまいよう」といわれた。一㍍ほどのアカヤガラであったが「こうして料理するんだ」といって、実際にやってみせてくれた。ポン、ポンと五㌢ほどの筒切りにしてから、ダイコンの皮をむくカツラむきの要領で無造作にクルクルとヤガラをまわしながら薄く切って行く。小骨が多いために、こうして骨切りをするわけなのだ。

◆ 薄づくりや椀ダネ

出来あがりは薄づくりである。ワサビじょうゆやショウガで食べるといいだろう。一月上旬に東京は築地の魚河岸にあった。相場を聞いてみたが、キロあたり二千円以上というからかなりの高級魚といっていい。通りすがりのすし屋さんが「あのヤガラっていう魚、どうやって料理したもんかねえ」とひとりごとをいっていたのが、ふとおかしかった。
ことほどさようなので、釣れたら嫌わずに食べてみることをすすめたい。椀ダネなどに向く。味は淡白で上品な感じ。ヒラメといっても信じて疑わぬ人が多いだろう。それほどうまい魚である。

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モロコ
モロコといえば関西の人は川魚のそれを指す。関東では川魚のモロコを知らない人も多い。よくごっちゃになる。川魚のモロコは琵琶湖やその水系に多い。東のクチボソによく似た小魚で、甘露煮などにする。

◆ 大ものは六十㌔も

ところが海の大物モロコは、西で「クエ」と呼ぶ大魚のことなのである。ある魚類図鑑によると「イシナギの大きくなったもの」とあったが、背ビレの形や体型がモロコとイシナギでは明らかに違う。ハタとよく似たものと思って差支えないし、習性もよく似ている。
磯の大物釣り師はこのモロコをよく狙うが、小さくても二十㌔、でかいのは四十㌔から六十㌔、体長も一㍍はゆうに超えるから、これ以上の大物はカジキマグロかイシナギ以外にあるまい。
岩礁帯にすんでいる。大岩の洞穴のなかなどで雌雄でいることが多い。人間が潜ってそばに寄ってもあわてて逃げたりはしない。もっそりしていて動作もにぶい。だから南房総あたりでは「モッソウ」と呼ぶ。
動きがにぶいためか、潮の速いときにはあまり穴から出ない。小潮の日の潮どまりなどに穴を出て、えさをあさるようだ。生きたアジ、サバなどを食べるが、相手のえさのほうがよっぽど動きが早い。だからいつもひもじい思いをしているらしい。秋になってソウダガツオやアジが群れてくると、釣り人が釣っているアジを仕掛けごと食いちぎってしまう。

◆ 冷凍してなべの材料

「相当な大物がいる」と思って仕掛けを大きくしても、引き味はすごい。だからハリスをワイヤーにする人も多いが、仲々うまく釣れない。
刺し身にしてもいけるが、二、三日おかないと身が硬くて大変だ。脂もこってりのっているが、あまり美味とはいえない。むしろなべにして食べるほうがいいだろう。でかいから漁師たちはみんなで分け合うが、それでも残る。冷凍にしておいて、ときどき出して解凍しては水たきにして、ポン酢のタレで食べるそうである。モロコのチリなべはまさに珍品。

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マンボウ
南房総の沖でヒラマサを釣っていた。
突然、船長が三㍍に近いカシの棒でできた”突きん棒”を持ち出し、へさきに立って「全速だ。マンボウをとるぞ！」と怒鳴った。見ると、五十㍍ほどの先の海の上に三角形の背ビレが立っている。船をそばに寄せても素知らぬ顔だ。

◆ 腸の湯引きに舌つづみ

モリが三本ついた突きん棒はグサリとマンボウに命中、百㍍も太いロープを引きずって海に潜りこんだ。そいつを「エンヤコラサ」と大の男が四人がかりで取り込んだのである。なんと二十㌔は軽く超える代物。もっともマンボウとしてはやや小型であった。
「これを獲ると漁師仲間で分配するのだ」と船長はいったが、解体した身と太い腸、それに黄褐色のキモをひと塊もらった。
白い身はタテに手で細く割いてやり、キモをすりつぶしたものにしょうゆをまぜて、これにつけて食べてみた。やや水っぽいがなかなかいい。次に腸をサッと湯引きして酢みそで食べたが、シコッとして抜群だ。

◆ キモあえは珍味

「マンボウは珍味だ。めったに食えん」と船長はいったが、これだけはちょっと比類のない味である。よく「なになにに似ている」というが、こればかりは似た味のものが見当たらないから表現のしようがない。ただ、腸の湯引きは貝かイカに似た舌ざわりであった。
漁師にいわせると「キモであえて食べ、次にワサビじょうゆで食べ、さらに酢みそで食べても同じ量だけ食べられる。あきないうまさで全部食べちまう」といっていたが、そのとおりだ。
なにしろ冷凍が利かないのである。身を冷凍にすると、解凍したとき、溶けて水になってしまうというわけ。
ただ、キモであえたものはキモ自体がやや生ぐさいから、くせがある。それだけに珍味といえるのかもしれない。伊豆方面ではときどき、定置網に入ったものを出す旅館や料理屋があると聞く。行ったら聞いてみるのも一興だ。あったとしたらみつけもの、ぜひ一度食べてみるといい。

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